恐らくたぶんッ 八代象彦さんのッ蒔絵姫飾棚さんッ!!

皆様今晩はッ!!

 

 

っでさてして今宵はッ

ちぃ~とゴぉ~ジゃスッ

キンキンキラキラドカンとパピパピさんなるお方様をばッ

 

ビシッとバシッとご紹介さんでぇ~ごだり松ッ!!!

 

 

 

 

 

ではではとみかくッ

まずはもッてと今宵のそげなるゴぉ~ジゃスさんにぃ~ッ

お出ましいただきやしほやいッ!!!

 

 

 

 

 

 

ってってまぁ~こりゃ確かにッ

ゴぉ~ジゃスキンキンキラキラ金蒔絵ぇ~のッ

パピッと来たぜと飾棚さんでぇ~ごだりまんなぁ~~ッ!!!

 

 

 

 

 

 

いやいやしかしまッ

隅から隅まで扉の裏までッ

背中の裏までッ

 

 

 

 

 

 

蒔絵尽くしッ!!

 

 

 

 

指物さんのお仕事さんもッ

 

 

 

 

 

節々さんの金具さんもッ

 

 

 

兎にも角にもパッピパピッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

正にそれこそッ

蒔絵の勝呂誉さんでござりまんなのマンナンライフの蒟蒻畑ッ!

 

 

 

 

 

 

っでッ

今宵のこげなるキンキラキンさんッ

 

蒔絵や指物ッ

様々さんなるパピパピさんがッ

物んの凄んごいだけではだけではッ

決してござりませんのでごだりますぞよッ!!

 

 

 

っでッ

何がどぉ~のッ

かにがどぉ~のと申しますればッ

 

 

 

実はほれこれぇ~~~~ッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

ってってどははぁ~~~~ッ!!!

 

なんじゃこいつぁ~どちッちゃはぁ~~~ッ!!!!

 

 

 

 

 

いやいや何とまこげなに細かなお仕事の上にッ

こげなにむッちゃちッちゃとはぁ~~~ッ!!!

 

 

おのろけもののけびびびのねずみの金太郎ぉ~さんでござり松ッ!!!

 

 

 

 

 

 

っでッ

 

今宵のこげなるびッくらどちッちゃ飾棚さんをばッ

パピッと手掛けられましたるお方様とはッ!!?

 

これがこれまたおッたまげッ!!!

 

 

古都京都にてッ

江戸時代より続きましたる蒔絵漆器の大老舗ッ

 

象彦さんがぁ~手掛けましたる飾棚さんなんでぇ~ごだりますぞよッ!!

 

 

 

 

 

いやいやまぁ~こりゃ凄いわけでごだり松ッ!

 

 

っでッ

収められましたる桐箱等の様子からしてッ

明治のころのッ

八代目象彦さんの手掛けられましたる飾棚さんかと存じよりますれしがッ

 

ここでちょぴッとご注目さんなのがッ

この桐箱さんに使われとります緑の紐ッ

 

 

 

 

 

時代と共にだいぶ色あせてはおりますけれどもッ

確かに鮮やかさんなる緑色ッ!!!

 

明治以降ぉ~ッ

上等さんなる桐箱さんにッ

緑の紐をば通されとりますお品物はッ

 

 

 

 

 

ほぼそのほとんどがッ

皇室に関わる品物さんとされとりましてッ

 

故にッ

今宵のこの飾棚さんもッ

恐らくたぶん皇室よりのご注文品ッ

っと考えられても決しておかしく無いものさんかとッ

存じよりますッ!!

 

 

んでして更にはッ

八代目象彦さんだといたしますればッ

八代目さんは歴代の中でもッ

特に皇室のお仕事を承ッていたとのこと故ッ

 

八代目による皇室からのご注文品ッ

ってなもんであッても辻褄さんが合ッてくるかもッ!!?

 

 

 

 

だもんでッ

こげなに気合入りまくりのマクラぁ~レン級のッ

お仕事ぶりであッたのでござりまひょぉ~かッ!!!!?

 

 

 

 

 

 

兎にも角にもッ

こげなにバシバシ蒔絵尽くしにバリバリ指物ッ

金具パピパピまくりのどちッちゃぁ~なるッ

きゃぴきゃぴ飾棚さんにッ

巡り会えましたぁ~とはッ

 

令和八年如月さんはッ

私鉄ッ国鉄ッ地下鉄ッ近鉄ッ!?

とてつもないないひと月さんにッ

なるやもしんない予感がしまくり島倉お千代さんなッ

今宵のちゃまでござりましたッ!!!

 

 

 

 

 

 

追伸ッ!

 

 

象彦さんの始まりはッ

寛文元年(1661)漆器店象牙屋として開舗ッ

三代目西村彦兵衛の時の蒔絵の仕事ぶりが評判を呼びッ

象牙屋の象とッ彦兵衛の彦の二文字を取ッてッ

象彦と呼ばれるようになりッ

それが今日の象彦の名となッたとのことッ

 

 

八代目ッ 西村彦兵衛ッ

明治43年(1910)象牙屋を継承するッ

皇室関係の御用を数々こなすッ!!