七月ッ アンテぇ~クフぇヤッ 出動ぉ~田辺竹次さんッ!!!
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皆様今晩はッ!!
っでッ
今宵もドヒャバキバリバリ昭和ポッピぃ~ッ
参りまッせの幕張マッセでッ
早速もッてとこッつらぴぃ~~んッ!!!

ってってまぁ~こりゃッ
確かにこいつぁ~~昭和ポッピぃ~~ッ!!
にんともかんとも何気に眺めりゃッ
思わず微笑みまくってしまいそぉ~なッ
まッこと不思議な抽象画さんのお二方さんでッ
ござりますがッ
今宵のこのッ
何気に幸せポッピぃ~さんなる絵をば描きなすッたお方様とはッ
その名を田辺竹次さんと申しましてッ
それこそ昭和も終わりに近き頃ッ
志半ばにて突然他界されてしまわれたッという物語をば秘めましたるッ
なんとも心優しきまッこと穏やかさんなる画家さんでございましてッ
兎にも角にもッ
ついの先日ッ
京都の親しき骨董屋さんにお伺いいたしました時ッ
ふとッちゃまの目に入りました瞬間ッ
居ても立ッても居られないくらいのッ
心の幸せをば感じてしまいッ
有無も言わさずッ思わず海老屋へお連れしてしまッたッてなッ
お二方なんでごだり松ッ!
っでまぁ~このッ
今宵のこの絵を見てッ
こげなに幸せに思ッてしまうのはッ
ちゃまだけなのかもさんではございますがッ・・・
兎にも角にもッ
今宵のこのお二方をばッ
見てるだけでほんとにまッことッ
心にこにこさんになッてしまいますんでございますッ・・・
っでッ
因みにまずこのこちらの小さいほうのお方様でございますがッ

今宵のこの田辺竹次さんをば知るお方様達の間ではッ
目玉人間と呼ばれ親しまれた題材のよぉ~でございましてッ
女性のお姿を描いた一枚なのでございますッ!!


してしてもぉ~一枚の大きな方はッ

天使のシリぃ~ズなんだそぉ~でございますッ!!!


竹次さんはッ
もともと東京美術学校の図画師範科のご出身でございます故にッ
その写生力ッ表現力は実に確かなものでございますッ
っでッ
どちらかと申しますればッ
ソフトタッチ的な画風のッ
まッこと優しき風景画等を描かれるお方でございますッ!!

故にッ
抽象画への移行もッ
自然のままにの如しでございましたんでございましょぉ~ッ・・・
っでッ
竹次さんの抽象画への移行はッ
だいたい1950年代の半ばころ辺りからとのことッ・・
今まで培ッてこられた具象の世界はッ
恐らくたぶんッ
云わば竹次さんの表のお顔ッ・・・
その内に秘めたる決して人には見せることのなかッた心の内をッ
そのころを境にッ
包み隠さず筆の向くまま描いてみたいとッ
思われたのでございましょぉ~ッ・・・
竹次さんはッ
美術学校卒業後はッ
第二次世界大戦に従軍されましたッ
してその一時期ッ
戦中での日々の残像がッ
絵の中に渦巻かれたこともあったとのことッ・・ッ
故にッ
この竹次さんの描く抽象画にはッ
幸せの大切さが込められてるのかも知れないでございますッ・・・
きッと竹次さんのそげな心の中の世界はッ
愉快で明るくて楽しいッ
それこそみんなを幸せにしたいッ
優しさいッぱいさんの世界だッたんだなぁ~~とッ
今宵のこの二枚の絵の中にッ
何気に見つけたつもりの気分のッ
今宵の幸せちゃまでござりましたッ・・・・・

田辺竹次さんッ
大正7年ッ(1918)和歌山県に生まれるッ
昭和16年ッ(1941)東京美術学校師範科卒業ッ
第二次世界大戦従軍の後ッ
数々の展覧会の出品を重ねッ
1975年~1985年にかけてッ
欧州への写生旅行を重ねるッ
昭和62年ッ(1987)
新橋でのスペース21展最中に急逝ッ・・
