七月ッ 東京アンテぇ~クフぇヤッ 出動ぉ~田口森蔭さん筆ッ親子虎ッ!!
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皆様今晩はッ!!
ってなもんでございましてッ
来たります七月十日からの東京アンテぇ~クフぇヤまでッ
もぉ~あとほぼ三週間ッ!!!
なもんでここんところッ
緊張ぉ~緊張ぉ~また緊張ぉ~のッ
兆し出まくりちゃまになッてしまいましてでございますもんでッ
ここはパピッとちゃまの大好物さんのッ
オモロな近世絵画さんにッ
お出ましいただきやッほほいッ!!!
っでッ
そげなオモロな近世絵画さんたぁ~こッつらりんッ!!

っとっとまぁ~こりゃッ
確かに何気にオモロな近世絵画さんでッ
ござりまんなぁ~~~ッ!!
っでその題材さんと致しましてはッ
いわゆるひとつの猛虎さんッ!!!
っとゆぅ~よりはッ
近世絵画の虎さんと致しましてはちょい珍らッ!!
何とま何とッ
母虎さんが豆虎ちゃまにお乳をあげとるッ
まッことほぼのぼ親子虎の一幕さんでござりますッ!!!

いやいやしかしまッ
愛情深き母虎さんと言えましてでもッ
やッぱしそこはやッぱし猛虎ッ!

眼光鋭くッ
剥きだす牙にッ
突き刺すが如し爪の輝きッ!!

やッぱしこッぱし猛虎でござりまんなぁ~~ッ!!
だけんどけんどもッ
一方ぉ~母のお乳にしがみつくッ
豆虎ちゃまらのかいらしかことかいらしかことッ!!

やッぱしこッぱし虎の世界にいたしましてもッ
赤子はかわゆいもんでござりまんなぁ~~ッ・・・・
いやいやしかしまッ
よぉ~考えますればッ
近世絵画におきましてぇ~のッ
こげな授乳の虎の親子の姿なんてなこの構図さんッ
そぉ~は滅多にゃお目にかかれんお方様ではなかろぉ~さんかとッ
存じよりますちゃまでございますッ!!
しかしまなして虎の授乳の場面を描かれたのかッ!!?
そのヒントとなりそぉ~さんなッ
上部のパピッと記されとります賛の内容ッ
なかなか重要さんになりそぉ~さんではございますがッ

情けないかな現時点ではッ
全く読めないちゃまでございますもんでッ
恐らくたぶんの勝手な想像御無礼致しますれしがッ
何らかさんの出産お祝い何かが関わッたりとかッ
なんだとかッ・・・・?
まぁ~このそのうちパピッと読めたらッ
ドカンと一発ご報告さん致しますッ!!!
ってなわけでございましてッ
今宵のこの絵の内容さんにつきましてはッ
こげな感じでございましてッ
だばだば大変お待たせいたしましたッ
今宵のこげなる親子虎をば描きなすッたお方様とはッ!??

その名ッ
田口森蔭さんと申しましてッ
陸奥は盛岡藩の藩士でございましてッ
そげな藩士なんだけれどもッ
正にプロ並みな俳諧をたしなみッ
雪廼屋などと申します雅号もお持ちでッ
更に更にのこれまた浮世絵師と致しましてのッ
パピッとお顔もお持ちのッ
ちょぴッと多才な御仁なんでぇ~ごだりますぞよッ!!
いやいや何ともッ
盛岡藩士でありながらぁ~のッ
浮世絵師ぃ~のッ俳諧師ぃ~たぁ~ッ
おッたまげぇ~の御仁さんでござりますッ!!
親子虎の授乳の図ッてぇ~のも無茶苦茶オモロな上にッ
描いた御仁が藩士なのに俳諧師でもッて浮世絵師だッてぇ~なッ
この素晴らしきトリプルオモロッ!!!
にんともかんともッ
この実にオモロな素敵な御縁ッ!
こげなことがあるもんでございますからッ
近世絵画はタマリマヘンドリックスオブリぁ~レンでッ
ございまんなぁ~~~~ッ!!!!

田口森蔭 (たぐちもりかげ)
寛政五年ッ(1793)生まれッ盛岡藩士ッ
俳諧に秀てッ雪廼屋と号したッ
四方側の判者也ッ
浮世絵は二代目歌麿に師事したと言われッ
北斎にも就いたと言われるッ
天保八年に藩を侮辱する落首を著し隠居させられるッ
安政六年ッ(1859)没すッ
画中の落款部ッ
丁酉ッ天保八年ッ(1837)とあるところからッ
恐らくたぶん森蔭44歳の時のものかと存じよりますッ!!
沼ッ?十賢兄之應需ッ
やッぱし何方かからの注文による一幅だッたのかもッ・・・?

上部ッ賛をば著されたッ
松山元郷さんにつきましてはッ
今の所ッ詳細不明でござりますッ・・・・・
