七月ッ アンテぇ~クフぇヤッ! 出動ぉ~寝覺床幾夜睦言ッ!!
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皆様今晩はッ!!
っでさてして来たります七月十日からのッ
東京美術倶楽部に於きましてのッ
東京アンテぇ~クフぇヤッ
出動めんばぁ~ご紹介さんでございますがッ!!
今宵御登場さんのオモロ浮世絵版画さんとはッ
今宵も何とま版画色絵冊子さんでぇ~ごだりますぞよッ!!
っでッ
それがこちらぁ~~~ッ!!!

七宝つなぎに青海波のッ
何気にお洒落な表紙に何やらッ
ふざけた男衆が描かれましたる題紙にはッ
『幾夜廼睦言 上』となッ・・・・・
っででして更にッ
ひと頁めくりますればッ
いわゆる本タイトルッ
『寝覺床幾夜睦言』となッ!!!


っでッ
今宵のこの冊子の全体文章をば手掛けますのがッ
妻戀淫史ッ
つまり江戸期の戯作者であられるッ
仮名垣魯文さんッ!!
してして肝心要の挿絵をば担当さんがッ
婦器用又平ッ
つまりは二代目国貞さんとッ
ドカンと一発賑々華やかさんに記されとります所からッ
まぁ~このいわゆるッ
俗に申さば春画本のひとつなんでぇ~ごだりますぞよッ!!

まぁ~まぁ~まぁ~このッ
『寝覺床幾夜睦言』ッつぅ~タイトルからしてッ
充分中身お察しいただけますかと存じよりますれしがッ
今宵のこの春画本さんッ
何がどぉ~のッちゅぅ~わけではござんせんではございますがッ
実は何よりッ
この春画本全体さんの版画のコンデヒょンッつぅ~かッ
版のキレの良さッ
色見の濃さッ
彩色配分のバライぇテぇ~さからしてッ

もしかしてもしかすッとのッ
いわゆるひとつの初版に近い一冊さんなのかもッ
知れないさんなのかなぁ~~ッつぅ~所がッ
ちぃ~とばかしの無茶苦茶気になる一冊さんなんでぇ~ごだりますッ!!
っでまぁ~この正直ッ
今宵のこの『寝覺床幾夜睦言』さん自体がッ
ぽんぽんあちらこちらで見かけられるわけでは決してござりません故にッ
見比べましたわけではござりませんけどッ
やッぱしこの版画の色味のバラエチぃ~さがッ
にんともかんとも気になります所ではござりますやねッ!!
例えばほかの版本などをば見て見ますればッ
ここまで色味浴衣じゃなくてッ
色味豊かなものとなるとッ
なかなかござりませんかと存じよりますッ・・・

ましてやッ
マニヤックな分野の春画本ともなりますればればッ
こいつぁ~ちぃ~とオモロな一冊さんかと申しましてもッ
決して華厳の滝じゃなくてッ
過言さんではなさそぉ~さんかと存じよりますッ!!
まぁ~この内容さんが内容さんなもんでッ
写真をば載せますのがッ
蝶々じゃなくてッ
躊躇されてしまうもんでございます故にッ
是非是非当日ッ
皆々様のその目にてッ
パピッとご覧いただきたくたくッ
心の底よりご案内申し上げますちゃまに存じよりますッ!!
でもまぁ~とみかくッ
こげな筋の良ろしき版本さんに巡り会えましたること自体ッ
有難きやぁ~のひと幕さんでぇ~ござりましたッ!!

参考ぉ~コぉ~ナぁ~ッ!
『寝覺床幾夜睦言』ッ
板行年ッ 安政2年ッ(1855)ッ
上中下の三巻組ッ
今宵のは上巻のみッ・・・
仮名垣魯文ッ(かながき ろぶん)
文政12年ッ(1829)生まれッ
明治27年ッ(1894)没ッ
江戸京橋の生まれの江戸期の戯作者ッ
本名ッ野崎文蔵ッ
俳句や狂歌を好みッ自ら星窓梶葉という号を持ッた父のもとでッ
幼きより戯作文等を読んで育ッた故にッ
いわゆる当時の小説家へとの道を選んだのでございましょぉ~ッ
とにかくッ
江戸の後期に英泉をはじめッ
様々な絵師との合作をば重ねるッ
明治期は小説家として活躍ッ!
二代目ッ国貞ッ
文政6年ッ(1823)ッ 現在の江戸川区に生まれるッ
三代目ッ豊国の門弟にてッ後の四代目ッ豊国となるッ
14歳の時に初代国貞(後の三代目豊国)の門人となりッ
最初は国政を名乗りましたッ
その後ッ弘化3年ッ(1846)初代国貞の養子となるッ
初代国貞が三代目豊国となッた際にッ
二代目国貞を名乗りッ
嘉永5年ッ(1852)に初代国貞の娘鈴と結婚してッ
三代目豊国亡きあとッ
四代目豊国をば襲名するッ!!
明治13年ッ(1880)没すッ・・・